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生き残る「言行一致」の会社 ― 組織変革の鍵とは何か(2/3)
日本人材マネジメント協会 会報誌「Insights」2007年4月 No.38
執筆者:桑畑 英紀
■カルチャー・トライアングル――「言っていること、やっていること、その心」の三要素で捉える
では、経営改革成功の鍵となる組織文化はどう理解し変革していけばよいのか。組織文化の変革というと、「保守的だ」「もっと革新的に」といった概念的な文化論としてのみ議論し、「こういう文化に変わろう!」と誓い合って進めるようなケースが多いが、それでは何も変わらない。
組織文化を理解する場合、単なる文化論的な解釈に終始していると、「わかったようなつもり」にはなるかもしれないが、その実「何も具体的にはわかっていなくて変革の手の打ちようも無い」ということになる。そういった誤りを防ぎ、組織文化を的確に分析・診断するためには、図の通り、「カルチャー・トライアングル」のフレームを用いて、組織内の組織文化関連要素を三つの側面から捉え直すことが効果的である。
カルチャー・トライアングルとは、組織内の組織文化構成要素を「実践パターン」、「公式バリュー」、「実質バリュー」の三極の要素に分類するためのフレームである。三つの要素はそれぞれ次のように定義される。[【図1】参照]
実践パターン | 顕在化・具体化している現実の組織内行動(意思決定内容含む)、人的相互プロセス、諸手続き、組織構造、各種システムなど――言わば、現実に「やっていること」 |
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公式バリュー | 公式・形式的に宣言された、社是、バリュー、経営理念、改革指針、行動規範・基準など――つまり、公式・形式的に「言っていること」 |
実質バリュー | 最も重要な組織文化の本質的要素。人々の内面にあって、実質的に人々の行動や考え方を決定付けている行動規範、価値観、動機、前提――つまり、実践パターンとして現実にやっていることの背景にある「その心」 |
こうしたフレームを使うことによって組織文化の「現状」と「あるべき姿」を明確にしたうえで、そのギャップを埋める――つまり組織文化の変革に取り組むことが肝要だ
◇ 現実に「やっていること」――実践パターン
実践パターンは、実際の職務行動、組織内プロセスやシステム、インフラといった形で現実に表面化しているため、カルチャー・トライアングルの中でも最も把握しやすい要素である。経営に関するあらゆる意思決定の内容も含め、組織の中で人々がどのように行動しているか、組織メンバー間の相互プロセス(指揮命令、情報の共有化、会議・ミーティングの進め方など)はどのように遂行されているか、組織構造はどのように構成されているかなどといったものまで含まれる。
組織変革はこのような実践パターンを変えていくことにほかならないが、これらを人々の意識のレベルで決定付けている要因に手をつけず、表層的に変えても組織変革は成功しない。
◇ 公式・形式的に「言っていること」――公式バリュー(公式価値基準)
企業理念、会社方針、および経営改革のスローガンなどのような会社としての基本的価値観を明文化したものが、典型的な公式バリューである。組織変革において社員に求める行動様式を具体的に定義した行動基準なども公式バリューを構成する。
ところが、会社として公に宣言した価値観や行動規範と、実際の行動とが一致していないケースは少なくない。これは、現実の実践パターンは、公式バリューにではなく、実質バリューによって決定付けられているからである。実質バリューが公式バリューと一致していない場合は、実践パターンも公式バリューと一致しない。
◇ 人々の行動を決める「その心」――実質バリュー(実質的価値基準)
カルチャー・トライアングルの各要素のなかでも、実質バリューを理解することが最も難しい。なぜなら、実質バリューは、既に人々の意識や考え方の中に暗黙知として無意識のレベルにまで浸潤してしまっているからである。
組織の実質バリューとは、「どのような組織プロセスや行為が、正しいのか正しくないのか、評価されるのか評価されないのか、適切なのか適切でないのか、そして許容されるのか許容されないのか、を組織のメンバーが判断する際の判断基準となるもの」である。このような実質バリューは、特別なプロセスから生まれるものではなく、ただ単に、組織メンバーが一緒に仕事に取り組み、組織の問題や課題に対する対処行動をとる日常的な繰り返しの中から形成されるものだ。
つまり、実質バリューは、組織に生じる様々な問題や課題を、どのような人的プロセスで対処していくのかということについて、組織としての経験知を蓄積していくなかで生成されていくのだ。
◇ 組織文化の核――実質バリュー
実質バリューは、組織内の人的プロセスの中から経験知として生成されるものであるが、組織内の人的プロセスがどんなものでもすべて暗黙知としての実質バリューとなるわけではない。
実質バリューとして蓄積されるのは、人々が「成功した」「うまく行った」「評価された」「楽だった」「快適だった」「問題無かった」等々のポジティブな実感を持てた行動・プロセスとその価値観や考え方である。
組織変革の過程において、なすべき行動の実践や小さな成功に対して意図的な評価や賞賛が欠かせない理由はここにある。同時に、なすべき行動の欠如や、望ましくない行動に対しては厳しく対処することも必要だ。そこが徹底できないと、公式バリューだけでなく法律を逸脱した行動やプロセスでさえ、組織メンバー自身の実感としてポジティブであれば、実質バリューへと取り込まれていくことになる。
安全第一を掲げ厳密なマニュアルが規定されていても、楽で効率的に作業が進むのであれば、現場レベルで独自に作業プロセスを変更してもいいという実質バリュー。安全や品質は建て前で、コストダウンをこそ最優先すべしという実質バリュー。大きな問題にならなければリコール対象の品質事故であっても隠しておくべし、上層部も表沙汰にならないことを優先するという実質バリュー等々。重大な事故の多くが、こうした実質バリューの生成を放置した結果であることも事実である。
近年も様々な会社で不正や不祥事が発覚し、会社の存続さえも危うくする事態に陥っている。これらはいずれも組織内の勝手都合のいいやり方が放置されてきた結果、「公式のルールは建て前」という誤った実質バリューが生成されてしまったことが原因である。