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生き残る「言行一致」の会社 ― 組織変革の鍵とは何か(3/3)

日本人材マネジメント協会 会報誌「Insights」2007年4月 No.38
執筆者:桑畑 英紀
■ 組織文化変革 ―― 「言行一致の行動」へ

 人が、それまでの行動様式を変えて、言行一致の行動に向けた「はじめの一歩」を踏み出すには、必ず通るべき心理プロセスがある。無意識にそのプロセスを旅していることもあれば、意図的な道程として通っていることもある。これに対し、この心理プロセスを通っていない場合には、公式の行動規範としていくら理屈でわかっていても、実際の行動にはつながらない。特に、組織変革や行動変革の場面では、さまざまな心理的障害が生じるため、より一層、実際の行動にはつながりにくい。
 以下に、この心理プロセスについて、組織変革・行動変革の局面をベースとしてステップ毎に説明したい。[【図2】参照]

【図2】

◇ 第一ステップ:現状認識
 まずは、事実としての「現状を見極める」ということが第一歩である。これは現状の実践パターンと、その結果としての組織パフォーマンスの因果関係までを見極めることだ。この事実としての現状認識は、当事者が十分理解できる内容や形であることが条件である。このため、組織変革における現状認識のプロセスに当事者を巻き込む場合などにおいても、当事者の知見やマネジメントリタラシーのレベルに応じた工夫が不可欠となる。

◇ 第二ステップ:危機感醸成
 事実としての現状を見極めたら、「その状態を不作為のまま放置したらどうなるのか」ということについて時間軸を先に延ばして、できる限り具体的にイメージしなければならない。これによって不作為の結果に対する危機感を「実感する」必要がある。「実感する」という意味は、単に論理的な理解にとどまるのでは無く、感情のレベルにまで響く認識に至るということだ。不作為の結果に予想される状態に身を置いた自分自身の姿や気持ちを具体的に想起し「このままではまずい」「そんな状態になりたくない」という感情にまで思い至らなければ十分ではない。よく「危機感を持たせる」という話を聞くことがあるが、危機感とは「持たされる」ものではなく、自ら「思い至る」ものである。

◇ 第三ステップ:期待実感
 次には「行動を起こしたらどうなるのか」を具体的に認識し、自分にとって「多大なメリットがあること」を「実感」する必要がある。危機感だけでは行動のエネルギーにならない。行動の結果にポジティブな結果や明るい未来が期待できたとき、行動に向けて一歩を踏み出すエネルギーが生まれる。
 期待実感も、理屈で理解するだけでは十分ではなく、結果に予想される状態に身を置いた自分自身の姿や気持ちを具体的に想起し「そうなりたい」「そういう状況の中で仕事したい」といった感情にまで思い至らなければならない。

◇ 第四ステップ:納得感醸成
 危機感と期待実感を合わせ認識したら、その認識を「行動したほうがいい」「行動しなければ」という、「行動に向けた納得感」にまで昇華させられるかどうかがポイントとなる。危機感と期待実感をもとにした、ある種、具体的な確認作業に近いイメージではあるが、このステップを軽視すると、肝心の行動に向けた納得感が醸成できない。
 しかし、この段階ではまだ、行動につながる心理プロセスの途上であって、実際の行動に踏み出すには越えなければならない高いハードルがある。

◇ 第五ステップ:心理的安全の確保
 不作為に対する危機感を持ち、行動の結果に対する期待も実感し、「行動したほうがいい」「行動しなければ」というレベルにまで納得感が醸成できたとしても、必ずしも実際の行動に結びつく訳ではない。
 「行動したほうがいい」「行動しなければ」という気持ちになったとしても、実際に行動しようとすると、「しかし○○があるから難しい――」「××が無いからできない――」「自分にできるんだろうか――」「大変そうだな――」「先駆けは不安なのでみんながやりはじめたらやろう――」等々、様々な阻害要因や不安要素が当事者の胸中に渦巻くことになる。その内容も各人各様だ。この状態の解消から本人に丸投げしていたのでは、行動に向けた一歩を踏み出すことは難しい。こうした阻害要因や不安要素を正面から取り上げ、組織として是々非々で対処することを明確に宣言し、実際の対処を行うことが必須条件となる。
 変革に対する抵抗や面従腹背、先送り症候群は、ほとんどの場合、この部分のケアが十分でないために生じている。

◇ 行動への一歩の継続から組織文化へ
 変革後のあるべき姿の実現に向けて、公式バリューに沿った言行一致の行動に踏み出したら、それに対してポジティブな実感が持てるよう、あらゆる形の評価や賞賛など、意図的なフィードバックを継続することが非常に重要な意味を持つ。これを長い間継続していけば、公式バリューに沿った望ましい組織文化(実質バリュー)が形成される。これを継続しない限り、一旦は公式バリューに沿った行動が実践されたとしても、時間とともに簡単に減衰してしまい、望まれる組織文化になることはない。

 組織変革を成功に導く鍵が、組織文化を見据える確かな視点と、それに立脚した変革プロセスの設計にあることは、多くの失敗例から明らかになっている。今回は、そうした視点とプロセスを忘れず変革に取り組むには、具体的にどういう方法があるのかを簡略に論じてきた。組織変革の成功とはすなわち、そこにいるすべての人々がやるべきことをやる「言行一致の会社」を作ることに他ならない。激しい経営環境変化のもと、俊敏な自己変革が求められる今日、「言行一致の会社」でなければ生き残ることはできない。

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